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傷口にユーゲル

主にアニメとか漫画とか仕事のことをつらつらと

ミルキィホームズ5周年によせて

アニメ ミルキィホームズ

本日、劇場版ミルキィホームズが全国公開された。確保された劇場は全部で22館。誕生から5年を迎えたミルキィというコンテンツが、いまだにこうして支持されていることに、感動を禁じ得ない。

http://milky-holmes.com

5周年である。中学生だった少年が大学受験を控え、大学生だった青年が社会の闇に呑まれるのに十分な期間である。それだけの間、よく続いていると感心するし、いちファンとして嬉しく思う。

5年前、ニュータイプに載っていた新番組の紹介記事を読んだのが、ミルキィホームズとの出会いだった。当時私はミステリ小説にプチハマり中で、『探偵』という単語に騙され、探偵もののアニメが始まるならとりあえずチェックしておこうと思ったものだった。
実際ミステリーだったのはこのアニメそのものだったのだが、結果的に、いまに至るまでファンを続けているくらいに、強烈な印象を残したのは確かだった。


TVアニメが消耗品として目まぐるしく供給されていく今の時代に、こうして特別な存在となれることは幸いである。
ではなぜ、ミルキィホームズはファンの心を掴むことができたのだろうか。

ミルキィホームズというコンテンツは、声優ユニットとして始まり、ゲーム、アニメ、ラジオとマルチな展開をしているが、ここではTVアニメに的を絞って考えたい。間違いなく、ミルキィに現在の地位をもたらした最大の要因だからだ。


ミルキィホームズのアニメは、一言でいって無法地帯だった。探偵のはずが簡単に投獄されるし、空腹のために縄を食べるし、行方不明の仲間を忘れてバナナに夢中になるし、隙あらばパロネタをぶっこもうとするし……。

だいたい、ミルキィホームズを形容する言葉は、「カオス」、「やりたい放題」、「頭おかしい」といったところが代表だろうか。ただし、野放図に好き勝手やっているわけではなく、いわば『計算された狂気』とでもいったものが全編を貫いているのだ。
その上で、あくまで『トイズ(超能力的なもの)を取り戻す』という大目標はブレないまま、その縦糸に沿う形で、視聴者は安心してミルキィの世界に耽溺できたのである。ギャグに上塗りされて見えづらくなっているが、ミルキィホームズは、しっかりした目標に向かって丁寧に進んでいく、正統派のアニメだったのだ。


もうひとつ、言及しておかなければならないことがある。

ミルキィホームズは、よくダメダメと言われる。
実際、警察幹部の小衣ちゃんの邪魔になるし、食い意地は張ってるし、アンリエットの正体に気づくのも、『胸の感触が一緒だったから』という正気を疑うものだった。
けれど、彼女たちはそれを意に介さない。ツッコミ役の小衣ちゃんも、なんだかんだいってミルキィのノリに付き合ってくれている。

ミルキィホームズは、ダメダメなまま、ダメダメなりにがんばっていく。

ダメであることを卑下しない。そして、小衣ちゃんもアンリエットも、結局はミルキィホームズを見ていてくれる。呆れや嘆息が混じっているとしても。


「『できない』を私は見るの。団結できない。ルールを守れない。弱いものを助けられない。夫婦で許しあえない。みんなが許そうとしないそういうところに、私は目が向く」

小川一水「天冥の標 Ⅶ 新世界ハープC」 より



ミルキィホームズは癒やしである。
ミルキィホームズはダメダメであることを否定しない。
『できない』ことを仕方ないと許容し、極限のポジティブで飲み込んでしまう。
それがとても小気味よく、どこまでも優しい。

ミルキィホームズは、決していい子ではない。
いい子でないことを是としてくれる、はみ出し者に都合のいい存在だ。
それでも、そんな存在に救われることがあってもいいだろう。

 

ミルキィホームズという世界に救われた身として、5年といわずもっと続いていってほしいと切実に思う。
とりあえず、まだ観られていない劇場版を観に行くとしようか。
ミルキィホームズのさらなる発展を祈って、また、佐々木未来の仕事が増えることを切に願って、筆を置くこととする。


ミルキィホームズ ベストアルバム ミルキィパーティー! ! ! !