傷口にユーゲル

主にアニメとか漫画とか仕事のこと

秀逸だと思う小説の書き出し

こんなツイートを見かけたので、これまで読んだ小説の冒頭をいろいろ思い出してみる。
ラノベのようなそうでもないようなのが多め。

 春が二階から落ちてきた。
 私がそう言うと、聞いた相手は大抵、嫌な顔をする。気取った言い回しだと非難し、奇をてらった比喩だと勘違いをする。そうでなければ、「四季は突然空から降ってくるものなんかじゃないよ」と哀れみの目で、教えてくれる。

重力ピエロ (新潮文庫)

重力ピエロ (新潮文庫)

・「重力ピエロ」より
伊坂幸太郎の中では一番有名な書き出しかもしれない。お洒落。
本編自体は他作品に比べてそこまでだけれども、この冒頭はやはり白眉である。他の作品では殺し屋が切った張ったをやってるが、そっちよりも一般人だけのこの話が書き出しに引力があるのも面白い。


 めちゃくちゃ気持ちいいぞ、と誰かが言っていた。
 だから、自分もやろうと決めた。
 山ごもりからの帰り道、学校のプールに忍び込んで泳いでやろうと浅羽直之は思った。

・「イリヤの空、UFOの夏 その1」より
有名どころ。夏休み最後の日を描く筆致が瑞々しい。
イリヤは本筋から離れたエピソードも面白く、特に「無銭飲食列伝」がお気に入りだった。そしてそこから先の展開に呆然とするまでがお決まり。完結してない各作品に思いを馳せるのもお決まり。


 皐月はいつも馬の首の中で眠っている。
 そして朝になると、首から這い出て目をこすりながら、あたかも人が布団を直すかのように、血塗れで地面に落ちている馬の首を再び繋ぐ。その後で馬体を軽く叩いて、「おはよう」と言ってから朝食の準備を始める。
 馬の名は布団と言うらしい。そのまんまだ。

生き屏風 (角川ホラー文庫)

生き屏風 (角川ホラー文庫)

・「生き屏風」より
巻末の解説でも褒められている書き出し。とぼけた感じのユーモアがいい。
皐月というのは主人公の鬼娘で、村人から時々持ち込まれてくる相談事をすっきり解決してくれるすごい奴である。角川ホラー文庫の1冊だが、ホラー要素はほぼない。
こういうほのぼのした感じの物語が出版されたかと思いきや、同期に「粘膜人間」みたいな本があったり、KADOKAWAの懐の深さを思わせる。
2巻からは版元の方針か、露骨にラノベっぽい表紙になっているが、まあもともとラノベっぽい内容だし。



 私の男は、ぬすんだ傘をゆっくりと広げながら、こちらに歩いてきた。日暮れよりすこしはやく夜が降りてきた、午後六時過ぎの銀座、並木通り。彼のふるびた革靴が、アスファルトを輝かせる水たまりを踏み荒らし、ためらいなく濡れながら近づいてくる。店先のウインドゥにくっついて雨宿りしていたわたしに、ぬすんだ傘を差しだした。

私の男 (文春文庫)

私の男 (文春文庫)

・「私の男」より
桜庭一樹は印象に残る文章を書くが、ひとつ選ぶならこれ。
さすがに芥川賞取るだけの内容だとは思うし、相変わらずダメな父親を書くのがうまい。クズを芸術的に表現できる才能が桜庭の本領だと思う。


 射精したあとは動きたくない。相手の体に覆いかぶさったまま、押し寄せてくる眠気を素直に受け入れたい。
 以前歯医者の待合室で読んだ女性週刊誌に、後戯のないセックスはデザートのないディナーようふふ、というようなことが書いてあったが、男から言わせてもらえれば、ふざけるなバカヤローである。射精した直後に乳など揉みたくない。たとえ相手がジェニファー・ロペスであってもだ。男という生物の体は、エデンの昔からそうできている。

葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫)

葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫)

・「葉桜の季節に君を想うということ」より
いいこと言ってる。そして作品を最後まで読んでからこのパートを読み返すと、いろいろと感心する。
歌野晶午のミステリ的な才能でいうなら、たぶんもっと別の本を評価するべきだろうが、このタイトルと冒頭はやはり光っている。つまるところこの空気感と読後感のよさが魅力ということ。


 泥に深く穿たれたトラックの轍に、ちいさな女の子が顔を突っ込んでいるのが見えた。

 まるでアリスのように、轍の中に広がる不思議の国へ入っていこうとしているようにも見えたけれど、その後頭部はぱっくりと紅く花ひらいて、頭蓋の中身を空に曝している。

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

・「虐殺器官」より
ショッキングではあるけれどもどこか牧歌的なシーン。伊藤計劃のこういうところ好き。
作品の内容的にこういったグロな描写はそこそこに見られるが、そこがポイントなわけではなく、なんだか透徹した感じの視点で流れていくストーリーが魅力のひとつである。


 九歳で、夏だった。
 神様を祭ったお宮には濃い緑色の木々が生い茂り、砂利の地面に日陰を落とす。夏の太陽を掴もうとするかのように伸びた枝の間から蝉の叫び声が降ってくる。

夏と花火と私の死体 (集英社文庫)

夏と花火と私の死体 (集英社文庫)

・「夏と花火と私の死体」より
乙一のデビュー作。集英社からもらった賞金の一部は64とプレステ(サターンだったかも)に化けたらしい。
この冒頭も印象的なのだが、「私の死体」が生まれるシーンの文章もとてもいい。このあたりはさすがのセンスだと思える。


 サンタクロースをいつまで信じていたかなんてことはたわいもない世間話にもならないくらいのどうでもいいような話だが、それでも俺がいつまでサンタなどという想像上の赤服じーさんを信じていたかと言うとこれは確信を持って言えるが最初から信じてなどいなかった。

涼宮ハルヒの憂鬱 (角川スニーカー文庫)

涼宮ハルヒの憂鬱 (角川スニーカー文庫)

・「涼宮ハルヒの憂鬱」より
やっぱ入るよなーということでイン。アニメでもきっちり再現された語り口である。
饒舌で軽妙なツッコミはやっぱり当時新しかった。今でもかも。
一人称の文を突き詰めていくと、こういう形もアリなのだろう。洒脱と冗長の間をすり抜けるバランス感覚がいい。


  愛は祈りだ。 僕は祈る。 僕の好きな人たちに皆そろって幸せになってほしい。 それぞれの願いを叶えてほしい。 暖かい場所で、あるいは涼しい場所で、とにかく心地よい場所で、それぞれの好きな人たちに囲まれて楽しく暮らしてほしい。

好き好き大好き超愛してる。 (講談社文庫)

好き好き大好き超愛してる。 (講談社文庫)

・「好き好き大好き超愛してる。」より
舞城王太郎の文章で一番力があると思ったのがこの冒頭だった。ひたすら真っすぐな愛と祈りの言葉の羅列。
他の作品のキャラクターはひどい死に方をしてるし、この作品でもやっぱり恋人が死んでるんだけども、『大切な人が死んで悲しい』で終わらず、その後の残された人間を誠実に描くのが舞城の真面目なところなのだろう。



ずっと印象に残っている書き出しというのはあんがい数がない。
けれども、とりあえず引き込まれて最後まで読む小説というのはいくらでもあるので、ある程度興味を惹ける冒頭ならいいのだろう。
そんな中で、こういう記憶に刻まれるようなものも出てくるのだと思う。


美しければそれでいい

美しければそれでいい