傷口にユーゲル

主にアニメとか漫画とか仕事のこと

なぜ我々は老人が嫌いなのか

破損した金属の壁を直してもらうために板金屋に来てもらった。




作業者は50代前半くらいと20代前半くらいの男性2人。年嵩のほうがインパクトドライバでビスを打つ。下の部分はうまくいったが、頭の上あたりの位置は安定しづらくなかなか入らない。

力が変な具合にかかったビスが弾かれ、板金の溝に落ちてしまう。

とても取れる位置にないので、新しいビスを取り出して再度打ち込む。また失敗し、同じ溝に入り込む。

若いほうが見かねてドライバを取り上げ、自分でビスを打つ。年嵩のほうは申し訳なさそうに曖昧な笑みを送る。相手は無視する。

これまで同じようなことが幾度となくあったのだろうと想像できるやり取りだった。

2人のどちらが先輩なのか私は知らない。しかし2人の力関係のようなものは、出会って数十分の私でも理解できる気がする。

年嵩のほうが取り付ける位置を間違える。若いほうがそりゃ付かないでしょ形見てくださいよと目以外で笑う。

若いほうは礼儀正しい。声に抑揚がありはきはきと喋る。仕事も素早く丁寧に仕上げる。
しかし彼が10年後も同じ会社で仕事をしているのかというと、そうでもない気がする。優秀な職人は独立する。



あなたは老人が嫌いだろうか。私はどちらかというと大嫌いだが、それは四六時中というわけではなく、その時々のバイオリズムに左右される(タイトルに『我々』などとおこがましく提示してしまった。ここでは厚生労働省の定義する15~34歳程度の青年を意識して書いている)。


ありていに言って、老人が嫌いなのは上司が老人だからである。

会社の上司というものは、構造上部下と軋轢が発生するのが常であり、そのポジションには得てして年嵩の人間が収まっているものだ。
トラブルの矢面に立つことを避け、それまで現場を見ることもしなかったのにミスが発覚すると悪口雑言を並べ、部下のプライベートに口出しし、その成果は自分の指導の賜物という顔で上におもねる。

これまでよく殺されずに生きてこれたと感心するような老人は、意外なほどにこの世に生息している。

ニュースで報道される、老人が人を轢き殺したとか、新幹線の中で焼身自殺しただとかを目にした時は、特に特別な感情を覚えない。

けれども、身近な老人が不条理な言動を浴びせてきた時、いつか見たニュースが頭をかすめ、憎悪の増幅装置となって何倍もの苛立ちを心に反響させることがあったかもしれない。

それが結果的に、全世界の老人という属性の人間に対して憎悪を募らせることになるかもしれない。

曲がりなりにもそれなりの会社で上司をやっている人間というのは、どこか優秀なところがあり、同時に腐ったところがある。そんな中でも特にヤバい、厳選された老害とでもいうべき精鋭が自分の近くに来ると、不幸が始まるのである。


クズがクズなのはその人がその人であるという理由なだけで、それ以外の同じ属性の人間がもれなく同様にクズであるというわけではない。
しかし、頭でわかっていても、人間は感情で生きる生物である。坊主が悪ければ袈裟まで憎いのだ。

そういうわけで、身近に強烈なゴミがいると、特に同じような年代の人間が嫌いになる。上司が嫌いになると、態度が横柄、給料が高い、年金がもらえる可能性が高い、健康保険をよく使う、なんでもかんでもエクセルで資料を作る、といった属性を持つ人間も嫌いになる。

つまり、老人が嫌いになる。


とはいえ、上述したとおり、私は年がら年中老人を嫌っているわけではない。

会社にいる老人は上司だけではないからだ。

中にはいい人もいる。そもそも上司ではない人も、社外で付き合いのある人もいる。

そういう人たちのおかげでクズオーラは中和され、かろうじて世の中に絶望せずに済んでいる。
そうでないのは、老害が臨界点を突破し、なまじでは中和しきれない時だけだ。時間的にはそう多くないはずだが、印象として強力なため、全体で見ると老人が嫌いという結論になる。


板金屋の兄ちゃんはどうなのだろうか。

社長以外は横一列の、よくある職人集団である。しかし、あのちょっと卑屈な年上の同僚以外に、何人の社員がいて、どんな会話をするのだろう。ただ一般的に言って、こういった会社の社員数は極小である。

私には知る由もない。けれども、彼の中で年上の同僚が、大嫌いというカテゴリに分類されていなければいいと思う。

小さなコミュニティで、蛇蝎のごとく嫌う人間と密接に関わっていると、心が腐る。人を1人も嫌わず嫌われないというのは不可能なので、畢竟小さなコミュニティは心を腐らせる。

しかしこの国の会社は星の数ほどあり、その分ひとつあたりの規模は小さい。中小企業のとっつぁんは少ない社員を抱き合わせ、多種多様な現場へ送る。
職人を大事にしていないわけではないだろう。ただ、構造的に風通しが悪く、息苦しい。

そしてそんな社長たちは、定年がないため長々とトップに居座り、息苦しい構造を長生きさせ、ふとした瞬間に店じまいする。別の会社が職人を拾い、同じような流れが続く。


老人を嫌う理由が増えてしまった。