「不滅のあなたへ」6巻 ピオランという人間について
全人類に読んでほしいファンタジー漫画であるところの「不滅のあなたへ」だが、6巻があまりにすさまじかったので筆を取る。
- 作者: 大今良時
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2018/02/16
- メディア: Kindle版
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この漫画はどこがどうすごいのか、という点を考えるとどうにも難しいので、ひとまず漫画らしくキャラクターに焦点を当てて考えたい。
とりわけピオランというキャラの存在は、この漫画に大きな影響を与えたと思う。
以下、単行本6巻までのネタバレあり。
ピオランの登場は早い。
時期にして第2話という、マーチやパロナと並んで最初期の登場キャラである。
以降、グーグーやリーン、トナリなどの人物と出会っては別れるフシのそばに、最も長くいたのはピオランだった。
ある意味本作においては、フシにとって師匠であり、相棒であり、ヒロインであるといっていい。
そして6巻において、そのヒロイン力は最高潮となる。
ピオランとさよならしようとするものの、その度ごとに心配になって、船を降りては枕元に物を置いていくフシ。
自分がいなくても、ピオランなら一人でやっていけそうだと考えるが、彼女の顔に笑顔はない。
そして、フシがミァに変身しているところを捕まえたピオランが、
この笑顔はずるい。
ピオランは老婆である。週刊少年マガジンというフィールドでは扱いにくい属性のはずだが、それにも関わらず、作中での存在感と重要性は特筆に値する。
作者の大今良時は、これまでにも「マルドゥック・スクランブル」や「聲の形」で、『老いた人』をさりげなく描いてきた。
そこにあったのは、確かな気高さや、深い優しさである。
本作においても、それは同様である。さらに、6巻におけるフシとピオランの関係には、春の陽光のような、明確な美しさを感じる。
53話、54話は、いわゆる『溜め回』に近いが、そのエピソードの重要さはトップに近いと思う。
そして、ピオランが示したのは、『老い』に対する前向きな感情だけではない。
認知症を発症したピオランは、フシに罵詈雑言を投げつけ、彼を困惑させる。
ページにして3ページ程度にすぎないが、このエピソードは強烈で容赦がない。
美しく尊いはずだったものが、即座に反転し、醜悪さと無力感を眼前に突き付けられる。
美しいものを美しいまま終わらせず、その後に控えている現実を映す。それはこの作品の誠実さなのかもしれない。
だから、ピオランがフシに与えたものは、文字の読み書きや絆といった、前向きなものばかりではない。
そもそも、フシにとってピオランは、最も衝突していた人間でもあった。
タクナハを後にしたあと、フシについていくと宣言したピオランに対するフシの表情は、ピオランへの心配と、聞き分けのなさに対する憤懣が入り混じったものになっている。
また、最後の1ヵ月で見られたのは、いかにもな『イラッ』とした表情だ。
「不滅のあなたへ」は、表情で語られる情報量が多い。
フシが学習するにつれ、その傾向は顕著になっているが、いかにも『人間らしい』、棘のある表情を敵対する相手以外に見せたのは、ピオランだけだったように思う。
親しいゆえに、プラスとマイナスの感情が同居する、それが『身内』というものなのだろう。
そしてその最期は、フシにとって忘れがたい悲しみをもたらすとともに、大きなメッセージを残すことになった。
お前の夢は何だ? フシ
ワシみたいに やりたいことをやれ!
ピオランが文字を教えていたことで、フシに最後の手紙を読んでもらうことができた。
フシは涙を流さない。
大切な人を亡くした時、泣けないフシの代わりに、雨が降る。
グーグーが死んだ時、フシのモノローグは「ごめんなさい」であり、涙を流すことはなかった。
ピオランが死んだ時、フシは「ありがとう」と言い、洟を垂らすことができた。
フシがピオランから与えられたものは、きっとかけがえのない価値があるのだろう。
現状、ピオランは、フシの周囲で『老衰』という外的要因でなく命を落とした唯一の人間だ。
フシがどう行動しようとそれを止める手立てはなかったし、何よりも、最も安らかに逝った人間でもある。
それが何をもたらすのかは、これからの物語で紡がれていくだろう。
マルドゥック・スクランブル(1) (週刊少年マガジンコミックス)
- 作者: 冲方丁,大今良時
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2014/10/09
- メディア: Kindle版
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作中のベル・ウィングは、美しく『老い』たスピナー。
師匠っぽい立ち位置だったが、原作の続編ではさらにそれっぽくなった。