傷口にユーゲル

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「不滅のあなたへ」6巻 ピオランという人間について

全人類に読んでほしいファンタジー漫画であるところの「不滅のあなたへ」だが、6巻があまりにすさまじかったので筆を取る。


この漫画はどこがどうすごいのか、という点を考えるとどうにも難しいので、ひとまず漫画らしくキャラクターに焦点を当てて考えたい。

とりわけピオランというキャラの存在は、この漫画に大きな影響を与えたと思う。

以下、単行本6巻までのネタバレあり。



ピオランの登場は早い。
時期にして第2話という、マーチやパロナと並んで最初期の登場キャラである。

以降、グーグーやリーン、トナリなどの人物と出会っては別れるフシのそばに、最も長くいたのはピオランだった。


ある意味本作においては、フシにとって師匠であり、相棒であり、ヒロインであるといっていい。


そして6巻において、そのヒロイン力は最高潮となる。

ピオランとさよならしようとするものの、その度ごとに心配になって、船を降りては枕元に物を置いていくフシ。

自分がいなくても、ピオランなら一人でやっていけそうだと考えるが、彼女の顔に笑顔はない。

そして、フシがミァに変身しているところを捕まえたピオランが、


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この笑顔はずるい。

ピオランは老婆である。週刊少年マガジンというフィールドでは扱いにくい属性のはずだが、それにも関わらず、作中での存在感と重要性は特筆に値する。


作者の大今良時は、これまでにも「マルドゥック・スクランブル」や「聲の形」で、『老いた人』をさりげなく描いてきた。

そこにあったのは、確かな気高さや、深い優しさである。

本作においても、それは同様である。さらに、6巻におけるフシとピオランの関係には、春の陽光のような、明確な美しさを感じる。

53話、54話は、いわゆる『溜め回』に近いが、そのエピソードの重要さはトップに近いと思う。


そして、ピオランが示したのは、『老い』に対する前向きな感情だけではない。

認知症を発症したピオランは、フシに罵詈雑言を投げつけ、彼を困惑させる。

ページにして3ページ程度にすぎないが、このエピソードは強烈で容赦がない。

美しく尊いはずだったものが、即座に反転し、醜悪さと無力感を眼前に突き付けられる。

美しいものを美しいまま終わらせず、その後に控えている現実を映す。それはこの作品の誠実さなのかもしれない。



だから、ピオランがフシに与えたものは、文字の読み書きや絆といった、前向きなものばかりではない。

そもそも、フシにとってピオランは、最も衝突していた人間でもあった。



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タクナハを後にしたあと、フシについていくと宣言したピオランに対するフシの表情は、ピオランへの心配と、聞き分けのなさに対する憤懣が入り混じったものになっている。



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また、最後の1ヵ月で見られたのは、いかにもな『イラッ』とした表情だ。


不滅のあなたへ」は、表情で語られる情報量が多い。

フシが学習するにつれ、その傾向は顕著になっているが、いかにも『人間らしい』、棘のある表情を敵対する相手以外に見せたのは、ピオランだけだったように思う。

親しいゆえに、プラスとマイナスの感情が同居する、それが『身内』というものなのだろう。



そしてその最期は、フシにとって忘れがたい悲しみをもたらすとともに、大きなメッセージを残すことになった。

お前の夢は何だ? フシ

ワシみたいに やりたいことをやれ!


ピオランが文字を教えていたことで、フシに最後の手紙を読んでもらうことができた。


フシは涙を流さない。

大切な人を亡くした時、泣けないフシの代わりに、雨が降る。


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グーグーが死んだ時、フシのモノローグは「ごめんなさい」であり、涙を流すことはなかった。

ピオランが死んだ時、フシは「ありがとう」と言い、洟を垂らすことができた。


フシがピオランから与えられたものは、きっとかけがえのない価値があるのだろう。

現状、ピオランは、フシの周囲で『老衰』という外的要因でなく命を落とした唯一の人間だ。

フシがどう行動しようとそれを止める手立てはなかったし、何よりも、最も安らかに逝った人間でもある。

それが何をもたらすのかは、これからの物語で紡がれていくだろう。



作中のベル・ウィングは、美しく『老い』たスピナー。
師匠っぽい立ち位置だったが、原作の続編ではさらにそれっぽくなった。